2006年9月14日木曜日

Sturgis 2006 (その13)

(Sturgis 2006 その12 からの続き)

旅の十三日目、八月十七日。木曜日。

八時半、出発。

すぐ近くのスタンドに寄って、朝食。

たまには変わったものはないかと冷蔵庫の中をみてみるが、何もない。ハム&チーズ・ブリトーとコーヒーにすることにした。朝はコーヒーに限る。

さっさと朝飯をすませたらさっそく出発だ。今日は、昨日のツケもあるし、頑張る必要がある。最低でも 400マイル (640km) 以上は走らないといけない。できれば 450マイル (720km) くらい目指したい。

空は真っ白で雨が来そうな雰囲気。気温もけっこう涼しいので、カッパを着ていくことにする。雨は降っていないが、カッパは優れた防寒着でもある。

九時、出発。US-93 を南下。

十二時前、Missoula に到着。ガスの補給。

おなかが空いているわけでもないし、ちょっと早い気もするけれど、これからの道を考慮して昼飯を食っていくことにする。

アイダホ州に向かって山を登っていく途中、町らしい町がないので、ここで取らないと昼飯が二時ということになりかねない。それでもいいけれど、分かっていてそうする必要もない。

スタンドの店内をぶらぶらして、昼飯を探す。が、さっきスタンドで朝食をとったばかりなので、食べるものがない。どれも似たようなものばかりで、同じものを食べる気にはならない。うーむ。

もうどうでもいいなあと思ってツナサンドを手に取る。これでいいや。と思ったところにソーセージエッグマフィンが目に飛び込んできた。ほほう、こんなものもあるんだ。これも食べてやれ。

味気ないツナサンドとソーセージエッグマフィンをコーヒーで流し込み、地図とにらめっこする。

予定としては Lewiston 経由で Walla Walla に向かうルート。町の名前が面白いのでぜひ行きたい。400マイル (640km) 走っても到達できないが、450マイル (720km) 走ればいける。できれば今日はここまで行きたい。

Lewiston を最低ラインといってしまうと、結局そこまでになってしまう可能性が高いと思い、絶対に口にしないように気をつける。念仏のように、「今日は Walla Walla まで行こう」と言い続ける。

ここから US-93 を南下し、途中から US-12 で山越えするルートを確認。

地図を見ながらコースをイメージしていると、ひとりの男が声をかけてきた。

「いいバイクだねえ。新しいやつかい?おれも仕事でハーレーに乗ってるんだよ」

へえ。え?仕事でハーレーに乗ってる?まさか…

どんな仕事かと思ったら、なんと警察官だった。日本語で言えば、彼は白バイ兄ちゃんだった。

非番の白バイ兄ちゃんは気さくに、これからどっちに向かうんだと聞いてくる。

US-12 で山を越えるつもりだというと、「あそこは気持ちいい峠でおすすめだよ。おれも大好きな道だ」などという。仕事は警察官かも知れないが、その話振りは単なるバイク乗りのそれだ。

「しかし、アイダホに入ったら気をつけろよ。州境を越えた瞬間にねずみとりやってるからな、あいつらは」

え、そうなんだ。っていうか、おまえがそういうことを言うのか。

「知り合いも何人かやられてるんだけれど、アイダホの連中ははっきりいってエゲツないよ。最低の連中だよ」

非番でも警察官なんだから、言葉を選んだ方がいいんじゃないのでせうか。

「ふつうは 10マイルオーバーくらいなら多めに見るのに、あいつらはたったの 2マイルでも切符を切るんだよ」

たしかにそれはふざけてると思うけれど、警察が「ふつうは10マイルくらいは大丈夫」とか言うなよ。おまえ、本当に警官かよ、単なるバイク乗りじゃないのか。

「ちょっと通りすがるだけで誰もお金を落としていかない州だからって、それで罰金を徴収するなんてクソ野郎だぜ」

あーあ。言っちゃったよ。この人、よっぽどアイダホが嫌いなんだなあ。

田舎の州が隣の田舎の州をひどく忌み嫌うってのはありがちだけれど、それにしても典型的すぎて笑うなあ。

かなり大げさに言っている気もするが、言われてたのに捕まったんじゃ馬鹿馬鹿しい。アイダホに入ったら制限速度ぴったりで走るように気をつけていくことにしよう。

十二時四十五分、出発。

一時、US-12 への分岐点に到着。ここから山道に入っていく。

しかし、山の上の方はまったく見えない。黒すぎる雨雲が山を完全に覆ってしまっている。どうみてもひどい雷雨だ。

3000メートル級の山の間を抜けていく険しい山道で、この天気はさすがにヤバすぎる。困った。

一人でも躊躇するような天気なのに、二人乗りのヨネもいる。これは予定を変更するしかない。

悔しいが、今日の計画はすべてご破算とし、右手の山を越えないまま南下するルートを考えることにする。さんざん考えたルートが一瞬でパーになってしまうのは辛いが仕方ない。誰かが転んで谷底に落ちたら、何の意味もない。

地図を見てルートを考える。US-93 をこのまま南下し続け、右手の雷雨を越えたところで山越えするしかない。

仕方ない。そうしよう。山を覆うように鎮座した真っ黒な雨雲を右手に、南に向かう。

二時半、Idaho に突入。

US-93: Welcome to IDAHO

いきなり速度を落とし、のろのろ運転を心がける。あまりに気持ちいい林道なので、気がつくとすぐに 5マイルくらいオーバーしてしまっているが、すぐに減速するように気をつける。

三時半、Salmon に到着。ガスの補給。

のんびり走っているとはいえ、やはり山道は疲れる。少し休憩しよう。水を飲みトイレに行き、のんびりする。

四時、出発。

前方には、雨と晴れの境界がはっきりと見えている。これから向かう道は晴れている方向なので問題ない。

US-93: 雨の境界

五時、Challis に到着。ほどなく US-93 から ID-75 に乗り換えなので、念のために地図を確認。イメージがつかめたら出発。

六時、Sunbeam を通過。まわりはキャンプ場だらけ。

それにしても、目に付くキャンプ場はすべて、所狭しとテントが張ってある。百はかるく越えるほどの大量のテント。こんなところに何でこんなにキャンパーがいるんだ?

実は、その一帯では山火事があったばかりで、消防団員が消火作業のために山に来ていたのだった。

森林公園のど真ん中を突っ切る林道沿いにはモーテルなどまったくなく、あるのは大量のキャンプ場だけ。泊まる方法はキャンプしかないというわけだ。仕事でキャンプできるなんていいなあ。

六時半、Stanley に到着。休憩。ここから ID-21 に乗り換えて、西進するルートを行く。これ以上南下してもネバダに出てしまうだけだ。ネバダは制覇したし、もういい。

六時四十五分、出発。ID-21 は、さらに険しいワインディングとなっていく。素晴らしい。

それにしても、この森林公園がこれほど気持ちいいところだとは思っても見なかった。こんなにキャンプ場がたくさんあるなら、今日はキャンプの予定で来ても良かったかも知れないなあ。

さらに、険しい山道を降りていく。

八時前、Lowman に到着。ガスの補給。だいぶ薄暗くなってきた。

ここで、ひーちゃんが提案をする。もう遅いし、今日はキャンプにしたらどうか、と。

いいねえ。それも手だね。環境は素晴らしいし、きっと最高のキャンプになるに違いない。いつか、ここに子供たちとキャンプに来たいと思っているくらい気に入っている。

しかし、食べるものがない。

ヨネとひーちゃんは、ちゃんと非常食を蓄えてあり、いつでもキャンプできる体勢になっているが、おれとチーフは、非常食はぜんぶ食べきってしまって、残っているのはつまみくらいしかない。非常食はいつも確保しておかなければいけないのに、南西部の荒野を抜けて安心してしまったおれとチーフは、食料はどこでも簡単に手に入ると高をくくっていたのだった。

申し訳ないのだけれど、食べ物もないしビールもないし、モーテルを探すことにしない? しぶしぶ受け入れてもらう。ごめん。

US-20 に向かうためにも、とりあえず、まっすぐ西に向かい、ID-55 にでることにする。

八時半、Banks に到着。ID-55 を南下しながらモーテルを探す。しかし、どれだけ走ってもモーテルは見当たらない。

途中、ID-52 で西進するルートを行きたいと思っていたが、小さな町ばかりでいつまでたってもモーテルは見つからないと苛立つヨネが、Boise に行こうと強く主張する。

明日から走る予定の US-20 とは反対の方向になるし、ないと言ってもいつかはモーテルが見つかると思っているおれは、本当はこれ以上南下するのはすごく嫌だ。しかし、すでにノルマの 400マイル以上を走っていることと、女房を早く休ませて上げたいと思っているはずのヨネの立場を尊重するのが人の道だと考えた。

ID-55 をそのまま南下し、Boise に向かう。遠くからでもそこが町だということが分かる。けっこう大きな町だ。

九時半、Boise 到着。

町の北側にモーテルがあればよかったのだが、どれだけ走ってもモーテルがない。ありそうな道なのに、まったく見当たらない。どんどん南下し、町の中心部に向かう。

結局、どこまで走ってもモーテルは見当たらない。

バイクを止め、チーフが見つけたモーテルクーポンで Boise にあるモーテルの位置を確認する。すると、モーテルは全て I-84 沿いにあることが分かった。Motel-8 のディレクトリを見ても、やはり I-84 沿いだ。インターステート沿いにモーテルがあるのは定跡だが、町の中心部を通ってかなり南下しなくてはいけないので、それまでに見つかってくればいいと期待していたのだが、残念ながら、ないらしい。仕方ないので I-84 に向かう。

十時前、I-84 に到着。

しかし、見える範囲にモーテルがない。地図を確認すると Exit-53 の近辺に集中している。となりの Exit だ。

町の中心を走る US-20 沿いにはひとつもなく、わざわざ隣の Exit にあるというのは、どういう理由なのだろうか。地図をみてみたら、Exit-53 は空港への道がある Exit だった。つまり、この町のモーテルは、空港の近くに集中しているということか。

それにしても時間が時間だ、のんびりはしてられない。モーテルクーポンを開き、さっそく電話してみることにした。

「四人で二部屋ありますか?」

「満室です。」

げげ。もしかして、やばい?すかさず次のモーテルに電話する。

「四人で二部屋ありますか?」

「満室です。」

うーわ。ピンチなんじゃないのか、これ。十時だよ、もう。っていうか、なんで平日に田舎のモーテルが満室なんだよ。

願いを込めて、次のモーテルに電話してみる。

「四人で二部屋ありますか?」

「ええ、ありますよ」

やったっ!あったっ!

「クーポンを持ってるんですけど使えますよね?」

「いえ、今日は使えません」

「えー。クーポンがあるから電話してるのに、クーポンの意味がないじゃん…」

「クーポンには条件がありまして、今日は満室に近いので使えないのです」

満室じゃなくてもそういえばいいだけちゃうんか、くそ。

まあ、そうは言っても選択肢はない。おなかもすいてるし、体もかなり疲れてる。さっさと予約してしまうことにする。

さて、部屋は確保できた。待望の晩飯タイムだ。とは言っても、もう、おなかが空きすぎて、晩飯なんて実はどうでもいい。座って食べられるものなら、なんだっていいさ。

とにかくモーテルの方に向かうとしよう。モーテルの近くなら食うところもあるだろう。となりの Exit まで走ることにする。

I-84 に飛び乗り、北上。1マイル (1.6km) 先の Exi-53 に向かう。

さくっと Exit を出て、モーテル方面に向かう。途中、モーテルが左手に見えたところで左折。モーテルに向かう。

と思いきや、あろうことかその道はモーテルには繋がっていなかった。その道は無常にも I-84 に戻ってしまったのだった。

なんだそれは… もう、いい加減、許してくれてもいいんじゃないのか。

仕方ないのでそのまま Exit-54 まで戻り、I-84 に乗りなおして、さっき走った道を走る。そして Exit-53 を降りる。意味もなく一周半。悔しすぎる。先頭を走るおれを無邪気に信じてついてきた二人の視線が痛い。でも、ちゃんと書いてない道の方が悪いと思う。アメリカ人は決して反省しない。

今度はさっきの道では左折せず、次の道まで出る。ここまでくれば I-84 に乗せられる心配はない。ふう。

十時半、やっとモーテルの通りに到着。

さーて、部屋は確保されてるので、チェックインは後でいい。とにかく晩飯だ。早く食べないと死んでしまう。目の前にあったデニーズに飛び込む。食べられるものなら何でもいい。

とはいえ、最初から分かっているとおり、デニーズには食べたいものがひとつもない。朝飯ならいいのだけれど、晩飯はない。

食わないというわけにもいかないので、妥協に妥協を重ねて Fried Chicken Steak とビールを頼む。勝負して死ぬよりおれを信じて騙された方がマシだとばかりに、おれもそれにしようとチーフがいう。

不味すぎるデニーズの晩飯を、まるでウマイものを食べているかのように、がつがつ食べる四人。旅で経験値を上げ続けている今のおれたちにかかれば、どんなマズイもんでもとたんに美味しくなる。

いやー、それにしても今日は疲れた。昨日の倍の時間と距離を走ったのだから、当たり前といえば当たり前。一人で走れば問題ないけれど、さすがにグループで 500マイル (800km) を走るのはキツイ。ほぼ限界だろう。

さーて、おなかも満足したし、モーテルにいきますか。

財布をみると現金がない。カードで払ってみんなから金を巻き上げることにする。

ウェイターを席に呼び、伝票とクレジットカードを店員に渡してチェックしてくれというと、彼は爆弾でも受け取ったかのように不安な顔になり、急いでレジに戻っていった。ん?

店長におれのカードを渡して事情を説明する店員。ふたりでこちらを見て、困惑の表情を浮かべる。え?おれ、なにか悪いことした?

最近はやっているクレジットカード詐欺のアジア人四人組ってあいつらじゃないですかね?そんな会話が聞こえてくるようだ。

すると意を決したように、店長がこちらに向かって歩いてきた。

「このカードで支払われるのですね?」

「は?そうですけど」

どうやら、席に座ったままカードで払うという方式は採用されていないらしい。日本のようにレジに出向いて支払いを済ませるというレストランもときどきはあるし、それほどびっくりはしない。とりあえず、都会から来た客として、対応してくれるようだ。

「えー、ところで、そのなんといいますか、チップはどうされるつもりでしょうか?」

「は?チップもカードで払いますけど」

「あ、そうですか、そうですか。いや、あー、よかった」

なるほど。

あの店員は、チップがもらえないかも知れないと思って顔面蒼白になってしまったわけか。ガイコクから着たアジア人の客がチップを払わずに帰ってしまうというのは、一番恐れられているシナリオなのだろう。席に座ったままカードなんか出しやがって、こいつらには常識が通用しねー!って思ったんだろうな。

こちらがちゃんと払う意思があると分かって安心したのか、疑って悪かったとばかりに世間話を展開する店長。

聞くと、なんと五年生まで日本に住んでいたという。こんな田舎にもそんな人がいるんだなあ。

日本語が分かるのかと思いきや、スコーシという。アイダホでは日本語を使うチャンスはまずないので、ほとんど忘れてしまったらしい。もったいないと思って大学のときに少し日本語を勉強したので、ものすごくゆっくり喋ってくれればけっこう分かるようになったらしいが、おれたちの会話は早すぎて何も理解できないと言っていた。

五年生といえば高学年で、精神的にもだいぶ発達している年齢だ。その時まで日本語だけで生活していたというのに、三十年ほど使わなかったら綺麗に忘れてしまうなんて、不思議だなあ。

支払いも無事にすませ、デニーズを後にする。目の前のモーテルに向かう。

十一時半、チェックイン。はあー、長かった修行が終わった。

モーテルには、幸運にも洗濯機と乾燥機があったので溜まった下着を洗うことにする。きょう洗濯しないと明日の靴下とパンツがない。

洗濯が終わり乾燥機にかけている間にシャワーを浴びることにする。さっぱりして風呂から出ると、すでにチーフは夜用アドビルでぐっすり眠っていた。睡眠薬っていいなあ。

はくパンツがないので乾燥機に下着を取りに行く。部屋に持って帰ってきて、暖かいパンツをはく。ほかの下着をたたむ。

綺麗にたたまれた自分の下着と、そのままほったらかしにされているチーフの下着をみて、それもどうよと思いなおし、チーフの下着もたたんであげることにした。しかし、なんともいえない感覚。

もしチーフに見られたらどうしよう。どきどきする。自分以外の男のパンツをたたんだのは、これが初めてだった。

  • 総合走行距離: 4795.69 マイル (7717.91 km)
  • 今日の走行距離: 515.47 マイル (829.57 km)
  • 最高速度: 86.6 マイル/時 (139.4 km/h)
  • 移動時間: 10時間0分
  • 移動平均速度: 51.5 マイル/時 (82.9 km/h)
  • 最低最高高度: 2585〜7057 フィート (788〜2151 m)
  • $3.259 x 3.097G = $10.09 — 11:47:07 HOLIDAY STATIONSTORES — 2325 S Reserve St, Missoula, MT 59801 
  • $3.329 x 3.117G = $10.38 — 15:20:33 BUDDY'S — 609 Hwy 93, Salmon, ID
  • $3.199 x 2.451G = $ 7.84 — 19:48:33 JERRY'S COUNTRY STORE — Lowman, ID



(Sturgis 2006 その14 へ続く)

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