旅の十一日目、八月十五日。火曜日。
八時半、起床。例によって、一番最初に起きて活動を始めていたチーフの気配で目が覚める。
朝食は、ビレッジで買ってきたシナモンロール。を食べたいが、コーヒーなしというのも悲しいので、ヨネが出てくるまで待つ。
ただ待っているだけというのもつまらないので、お湯を沸かしてインスタントの味噌汁をのむ。ウマイ。
味噌汁を飲み干し、みんなのコーヒーを淹れ、シナモンロールをほおばる。ウマイ。
九時半、のんびりと出発。昨日はよる暇もなかったので、Grant Village のビジターセンターによってぶらぶらとする。
そういえば、娘にしかお土産を買ってなかったことを思い出し、息子と義母に買っていくことにする。
一通り見終わり、することもなくなってみんなが外に出た時、おみやげを手にレジに並ぶ。自分の前には二人しかいない、すぐに終わる。
というわけにはいかないのがアメリカ。
何をやっているのか分からないが、とくに困った様子も急ぐ様子もないのに、なぜか前に進まない。ときおり客と談笑したまま手も止まっている。
どうなっとんねんとイライラしはじめる。五分ほどたって、やっと最初の客が終わり、二番目の客。こいつの次はおれだ。
レジのおばちゃんは、その二番目の客の持っていた本を手に取ると、それをスキャナにかけるかと思いきや、「いい本ねえ、私、この本大好きなのよ」、などと話し始める。話はいいから手を動かせ。
するとバックパックの兄ちゃんは、今日はあそこに行こうと思うんだが、どうだろうとかそんなことレジのおばちゃんに聞くなよってことを聞き始める。聞かれたおばちゃんは、答えられるレンジャーを探しにレジを離れる。
いやいや、ここがアメリカなのは認めます。でも、いったい何がおきているのでしょうか。
レンジャーを連れて帰ってきたおばちゃんは、レンジャーが兄ちゃんにトレイルを説明している横で、本をスキャンし、お金を受け取り、本を袋に入れて兄ちゃんに渡す。やればできるじゃないか。
と思いきや、兄ちゃんはおれの前からどかない。また、レジのおばちゃんは、レンジャーと兄ちゃんの間に入って一緒になって話しはじめる。
もしかして、おれはいないんでしょうか。後ろを振り向くと、後ろの客も首を横に降って、おれに同意する。だよな、だよな、これはやりすぎだよな。
結局、十分ほど待たされて、やっとおれの番。たった二つのお土産を買うのに、なんでこんなに待たされるんだろうか。かなり頭にきているが、ここで大人気ない態度を取るようでは失格だ。何もなかったかのように、にこやかに、朝の挨拶する。
「あらあら、可愛いバスだこと。お子さんにプレゼントですか?」
くったくなくしゃべり始めるおばちゃん。丁寧に答えていると、まったくスキャンしてくれる様子がない。「いくらですか?」と丁寧に即す。値段を言ったあとに、「お子さんはおいくつなんですか?」とあくまでも会話を続けるおばちゃん。
おれも丁寧に返しつつ、結局どうでもいい世間話を五分くらいさせられる。後ろの人の視線がいたい。でも、これがアメリカだし。
やっとの思いで外にでると、待ちくたびれた三人の視線が冷たい。ほんとうに申し訳ない。心の中で叫ぶ。「It's not my fault! (おれのせいじゃない!)」アメリカ人らしい台詞だ。
しかし、この無駄な十五分が大きな問題を生むことになる。
十時四十五分、出発。のんびりと北上。気持ちいい林道。
そして、十一時十分、右手に噴射が遠目に見えた。ヨネが近づいてきて言う、右手に見えてたよ!
十一時二十分、噴射が終わったばかりの Old Faithful に到着。うーむ、遅かったか…
湖上の煙 at Old Faithful |
Old Faithful に到着する手前で、あの有名な Old Faithful の噴射が遠目に見えた。ということは、次の噴射まで一時間くらい待たないといけないということか。看板を見ると次は十二時十五分と書いてある。うーむ。
さっきの無駄な十五分さえなければ、どんぴしゃのタイミング だった。ビジターセンターはあそこだけじゃない。全部観て回ってから最後に寄ればよかったんじゃないのか。どうせマンモススプリングスに寄るのだから、そこでもお土産は買えたはずじゃないのか。
今日は Old Faithful に来るつもりだったのだから、まずここに来てから考えるべきだった。ここで一時間待つと言われてからお土産を買いに行ってもよかったのだ。
もちろん、後で寄ろうと思っていたら寄れなくなってお土産が買えなかった、なんてことは過去に何度もあった。とにかく寄れる時にビジターセンターに寄るというのは、それはそれで定跡だ。だが、いつでも通用するというわけではない。この時ばかりはかなり悔しい思いをした。
先日、わざわざこれだけを見るために Yellowstone に来たというヨネとひーちゃんは、先日観たばかりだし自分たちはどっちでもいいけれど、この噴射をみたことがないおれとチーフに対し、これを観ないで帰るのはありえないと強調する。ここで早めの昼飯にして、一時間、時間をつぶすというのも手だという。
どっちがいいかチーフに訊いてみると、どちらでもいいという。このまま先に行ってもいいし、一時間待ってもいいという。うーむ。どっちがいいって言ってくれると楽なんだけどなあ。
うーむ。いろいろ考えた末、やはり、諦めようと言ってみることにする。
さっき朝食を食べたばかりで、おなかはぜんぜん空いてない。食べられない昼飯を食べることにして、結局一時間半も時間をここで消費したら、グレーシャーに行く案はなくなるかも知れない。グレーシャーは明日にしか観るチャンスはないから、今日、行けるところまで北上しておく必要がある。どっちを取りたいか考えた末に、グレーシャーを取りたいとおれは思った。
そうこう話している間に、もう時間もだいぶ経った。もう一時間も待つ必要はない。四十五分くらいのことだ。それくらいあっという間に経つ。
きっと、先日それを観てすごく感激したのだろう。もったいないと、なんどもヨネは言う。
だが、それを言うなら、イエローストーンに来てトレイルも歩かずに帰ることの方が、よっぽどもったいないはずだとも思う。
もちろん、有名な間欠泉が噴出すところは自分の目で観てみたい。そう思っていたのにまた観れないというのはすごく悔しい。
でも、それだけを観ればイエローストーンを観たと言えるほどここは単純じゃない。それがメインの観光ポイントだとは思わない。そもそも、ここはバイクで通りすがりに寄って、満足できるような規模の公園じゃない。観られないものの方が圧倒的に多いのを承知の上でわざわざ寄っているのだ。
結局、諦めようというおれの主張が通って先に行くことにする。無念さを胸に、北上。
アクセルを握りながら、果たしてこれでよかったのかと、何度も自問する。
やはり、あそこで一時間半ほど使って噴 射を見ておいた方がチーフにとっては良かったんじゃないのか。おれもそうそうは来れないが、チーフはもっと来れないだろう。おれは、いつか子供たちを連れてきて一緒に見ようと思っているが、もしかしたらチーフには二度とチャンスが巡ってこないかも知れない。チーフは内心、これが最後のチャンスだと思っていたのかも知れない。
実際、その日の午後は、チーフはあからさまに機嫌が悪く、ほとんどおれの相手をしてくれなかった。Old Faithful を諦めて先に行こうとおれが強く主張したことが面白くなかったか、他の原因が何かあったのかも知れない。
喜びを共有できるのが旅を共にするということでもある反面、お互いになんらかしらの我慢することも時には余儀なくされるのも旅を共にするということだ。仕方ないといえば仕方ない。全員が全ての局面で納得できるような方法はない。妥協できなかったら、一人で旅するしかない。
モンタナの田舎道を突っ走りながら、とはいえ気を利かせて引くべき場面だったかも知れないと、反省した。
十一時半すぎ、Old Faithful を出発。
てきとうにポイントに止まりながら、あちこち観て回る。バイソンやエルクを観ながら、北上。
二時過ぎ、Mammoth Springs に到着。上の方をバイクで観て回り、下におりる。おなかも空いた。昼飯にする。
四年前、着いたときには時間切れで入れなかったマンモス温泉。今回は入りたいと思っていた。
だが、チーフは風邪を引いているから入らないという。当然だろう。
それよりもなによりも、さっきあれほど強く主張して Old Faithful を捨ててきたのに、ここで温泉に入りたいって主張したら、さすがにみんなに見捨てられると思う。言いたい気持ちもあるが、それを言ったらおしまいだな、と諦めることにする。
そもそも、温泉なんかにのんびりつかっている時間はない。
今日はマンモスで昼飯だと思っていたけれど、気がつけば、もう二時を過ぎている。それなりにきびきびやっているのに、時間はあっという間に経っている。うーむ。やばい。
地図を確認し、どこまでいけるか考える。明日のことを考えると、どうしても Great Falls まで行きたい。まだ、200マイル (320km) 以上はある。
三時すぎ、遅すぎる昼飯を終えて、出発。
三時半すぎ、北門に到着。朝から行動して、それこそ多くのところを捨てて走っているというのに、今頃やっと出口か。大きい。大きすぎる。
Yellowstone National Park North Entrance |
四時、US-89 を北上。
久しぶりに高速走行ができて気持ちいい。どんどん山を降りていく。
五時、Livingston に到着。ここから数マイル US-89 と I-90 が共同運航便になるが、これを使わずに行く方法がないか地図を確認。ない。諦めて I-90 にのる。二分後、I-90 を降り、US-89 を北上。
と同時に、前方に雨雲が見えはじめた。むむむ。
注意しながら北に向かう。GPS を確認すると、自分たちの向かっている方角は、すこしだけ西側に振れている。つまり、北北西に向かっている。雨雲は真北だ。避けられる。
よし、このまま北北西に向けてまっすぐに走っていけば、真北にみえるあの雨雲を迂回できるに違いない。
雨雲は、右手にそびえ立つ Crazy Mountains というふざけた名前の山地から来ている。山を迂回して走っている道だから、大丈夫だろう。
雨雲を右手前方に見ながら北北西に進む。しかし、道路は少しずつ右に曲がっていく。そして、気がつくと進路は真北になっている。さっきまで右手前方にいたはずの雨雲が、なぜか正面にいる。むむむ。
真北に向かう道を走り続けると、今度は、少しずつ左に曲がっていく。北北西に進路が変わり、さっきまで正面にあった雨雲が右手前方に移動する。いいぞ、いいぞ。
安心するのもつかの間、しかし、道はまた右にそれ、真北に進路が変更。またもや雨雲は前方に移動する。
避けられるのか避けられないのか、いったいどっちなんだ。雨雲はおれたちをあざ笑うかのように、正面に出てみたり右によけてみたりを繰り返す。
そんな攻防を三十分ほど続け、右手に見える Crazy Mountains をやり過ごしたかに見えたその時、試合は動いた。
北北西に進んでいた道が右にそれ、真北に進路を変更したその瞬間を雨雲は逃さなかった。
正面の雨雲は、もう、雨雲ではなくなっていた。降りしきる雨になっていた。
前方に雨が降っているのがはっきりと見える。距離は数マイルもない。これからおれたちが走ろうとしている道の上に雨が降っているのだ。万事休す。
しかたない、カッパを着るとするか。諦めてバイクを止める。最後の悪あがきとして、いちおう地図と雨の方向を確認。ふむ。逃げ道はない。全員で着替えて、雨に備える。
そして、走り始めて一分後、ぽつりぽつりと始まった。雨に突入。ポツポツがあっという間にザーザーに変わる。
雨は勝ったと思っているかも知れないが、我々は完全に防御してある。なかなか激しい雨だが、凌げないことはない。
30MPH (48km/h) 程度の速度でのんびりと走る。速度をあげると雨が顔に当たって痛い。ときおりバケツをひっくり返したような雨になり、10MPH (16km/h) 程度での徐行を余儀なくされるが、雷はかなり遠い。まったく怖くない。
三十分ほど、雨の激しい攻撃に耐え、雨から脱出。
六時半、White Sulphur に到着。ガスの補給。ふー、疲れた。雨との戦いは体力を消耗する。少しだけ休憩。
もう雨の心配はいらないと思うけれど、寒さ対策としてカッパを着たまま進むことにする。
寒いというほどのことはないが、けっこう涼しい。寒がりのヨネとひーちゃんは、今から北極にでもいくのかというほど着込んでいる。二人からみると、おれはアメリカ人かというほどに寒さを感じない人に見えるかも知れないが、女房から見ればおれはかなりの寒がりだ。つまり、おれがふつうで、ヨネとひーちゃんが異常な寒がり、女房が暑がりということになる。
ここからは 70MPH 程度の高速コーナーの山道だ。US-89 はどこをとっても素晴らしい Scenic Route で、本当に気分よく走れる。
山道となれば、がんがん飛ばしていくだけだ。あっという間に二人組を置き去りにして、チーフと一緒にコーナーに突っ込んでいく。楽しい。
山を登り、いっきに下る。今日の目標地点まで、あと少しだ。
八時半、予定通り Great Falls に到着。ふー。お疲れ様。
面倒くさいので持っている Motel-6 のディレクトリを確認。あるある。ここでいいよ。町のはずれに向かい、Motel-6 を発見。値段なんてどうでもいい。九時、チェックイン。荷物を降ろし、部屋に向かう。
さあて、宿が決まったら晩めしの心配だ。
と、思うまもなく、今日は、ピザでも取ろうとヨネが言う。ほほう、ピザかあ。それを聞いても、とくにピザが食べたくなったりはしない。どちらかといえば、うどんがいい。うどんがないなら蕎麦がいい。蕎麦がないならカツ丼でいい。
とはいえ、そういうことを言ってはいけないのがアメリカでのルール。
初心者の日本人は、すぐにそういう意味のない夢を膨らましたりするが、それは絶対にやってはいけない。それは、そのことがどれほど空しい響きを持つか、お互いによく分かっている上級者同士でのみ許される特別で神聖な行為なのだ。マスターするには最低でも五年はかかるとされている。
まあ、いいだろう。晩飯の話題になる前に先手を打ってヨネが言い出したことだ。きっとその方がひーちゃんにとってもいいんだろう。おなかに入ればなんでもいいし、その案に乗ることにした。
よくよく考えてみれば、ピザを配達してもらえば外に食べに行かなくてもいい。部屋でのんびりできる時間が長く取れる。なるほど、そういう配慮があったのか。ふむふむ、なるほど、好手だ。
ひーちゃんがピザの注文をする係り。おれとチーフが地ビールと水を買出しに行く係り。ヨネがひーちゃんのためにサラダとオレンジジュースを買出しに行く係。役割が決まったら、さっそく出陣。
買出しを済ませ、ピザが届く。頼んだのは大きいのを一枚のつもりだったが、なぜか二枚きた。ファミリーなんとかは二枚らしい。
多すぎてもったいないので、耳をかなり大きめに残して贅沢食い。五枚も食べた。バカすぎる。
今日のあそこはああだったこうだったと、とりとめもなく駄弁る。和むひと時。
十一時、おなかも満足したし、どうでもいい話をてきとうに切り上げて解散。
さーて、明日はグレーシャーだなあ。おれにとっては今回の旅の一番の目玉と言える。どうしても行きたかった国立公園。
しかし、問題はその後だ。
スタージスの日程が決まっているので、前半部分はかなり綿密に計画を立てて、だいたいそれにそう形で来た。また、スタージスの後、イエローストーンへは二日はかかるというのは距離的にどうしようもないので、ここまではまあ予定の範囲内といえる。
だが、後半のスケジュールは大まかにしか決めてない。四人で走るペースがどうなるか未知数だったし、女性もいるからさらに分からなかった。
グレーシャーもオリンピックも、行けたら行きたい。無理なら後で考えよう。それくらいしか考えてなかった。
今日まで数日走ってみて、だいたいどんなペースで走れるかは分かってきた。どこまでいけるか、よく計算してみよう。地図を開いて、いろんなパターンを考えて見る。
ここまで来た以上、やはりグレーシャーは外せない。今回、四人とも行ったことのない唯一のポイントがグレーシャーだ。ここは絶対に行こう。
と、チーフと話していたのもつかの間、すーすーと寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。
最近は、夜用のタイレノールとかを飲んで、眠気が襲ってきたらそれに乗って気持ちよく寝てしまうことが多い。まあ、眠たくなったタイミングで寝るというのは、さぞかし気持ちいいことだろう。羨ましい。
しんと静まりかえった部屋で、ひとりで地図とにらめっこしながら明日からの予定を検討する。メモ用紙に町から町への距離を書き並べ、どのルートだとどのくらいの距離になるか、ありとあらゆるパターンを想定して計算しまくる。
ひとりで頭を使っているとはいえ、勝手にぜんぶを決めてしまっては、みんなも面白くないだろうから、そうだな、二者択一にしよう。合理的でかつ、どちらになってもおれはいいというパターンを二つ考えて、みんなに選んでもらおうことにしよう。
悩みに悩み、メモ用紙を使いまくる。そして、なんとか納得いく案が二つできた。ふと時計をみたら、ニ時だった。
- 総合走行距離: 4031.99 マイル (6488.86 km)
- 今日の走行距離: 310.92 マイル (500.38 km)
- 最高速度: 88.4 マイル/時 (142.3 km/h)
- 移動時間: 6時間21分
- 移動平均速度: 48.9 マイル/時 (78.7 km/h)
- 最低最高高度: 3333〜8572 フィート (1016〜2613 m)
- $3.389 x 2.937G = $ 9.95 — 15:44:13 TOWN STATION — 120 Park St., Gardiner, MT 59030
- $3.299 x 3.060G = $10.09 — 18:37:01 TOWN PUMP EXXON — 309 Main St., White Sulphur, MT
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