2008年1月4日金曜日

七人で作るおせち

どうせ御節とかお雑煮などのまともな正月料理が食えてないんだろうと、辺境で暮らす我々に冷めた笑みをたたえることで、なんとかご自身の不遇に耐え忍ばれておられる皆様におかれましては、健やかに新年を迎えられたこととお喜び申しあげます。

しかしながら、まことに唐突で申し上げにくい次第ではございますが、三が日も明けましたゆえ、以下の通り、報告させて頂きたく存じます。

今年の正月は、うちの細君の友人が、「おせちポットラックをしよう」などという破廉恥な提案をしてしまいました。一人が一品もしくは二品だけを大量に作って持ち寄り、みなでそれを分け合おうというわけです。なんという手抜き。許せません。

そして、それに賛同した七人の奥様が、自分の担当だけを本気で作るという手抜きをした結果、まことに遺憾ではございますが、我が家の今年度のおせち料理は以下の写真のようなものとなってしまいました。昨年末は三十日まで San Diego の友人の友人宅にて遊びほうけていたというのに、でございます。



既製品はいっさいなし。どの料理もあまりに本気で美味すぎて、心から遺憾です。

そういうわけで、添加物まみれの高級おせち料理を堪能された皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。

なお、蛇足ですが、重箱の手前にお雑煮が二種類あるのは、名古屋と大阪の戦いでして、戦いを好まぬうちの細君は、つい両方とも作ってしまうという暴挙に出てしまうわけですが、これは我が家の正月の風物詩となっておりますこと、ご了承いただければ幸いに存じます。

2007年8月29日水曜日

休む理由も理路整然と述べよ


よく知られているように、日本語では自然な文でもそのまま英語にしてしまうと全く意味が分からないというような文は、それこそ無限にあるだろうし、文化が違うのだから当然。内容はともかく、Lost In Translation という映画もあった。

というようなことをぼんやりと考えていた今朝、「正しい英語」のはずなのに通じない - 1つの結論と複数のサポートというエントリを見つけた。

このエントリで言わんとしていることはたぶん同意できるんだろうけれど、その説明はぜんぜん的を射てないし、とくに「英語で会社を休むのはタイヘン」はヒドすぎて笑った。

いわく
「風邪をひいたので、会社を休みます」がとても日本語的な表現だということはわかるでしょうか。英語の視点では、「風邪をひいた」という表現はあいまいで、そのあとに「会社を休む」と続けるにはギャップもあります。英語だったら、「会社を休みます。というのも、熱が37.5度あって平熱よりもずいぶ ん高くて、くしゃみや鼻水も出るんです。仕事をしても効率は悪いと思うし、風邪だったらほかの人に移してはいけないし、医者にも行った方がいいと思っています」となるでしょう。
なりませんって。

確かに、日本人にとっては理由になってるのにアメリカ人にとっては理由に聞こえないってことはたくさんあるんだろうけれど、この例はありえないにもほどがある。

そもそもプライベートなことは誰も訊かない(いわゆる politically incorrect)し、訊いてもないことをいちいち言うのはバカだし、訊かれてもいないことをあれこれ言えば言い分けがましく聞こえるだけ、つまり正直に聞こえない。

なので、たとえば、
I'm out sick today (今日は、病欠します)
みたいに完結にメールするだけで十分。

日本でこれをやったら「反省の色が見えない」とか言われるかも知れないけれど、ただの病欠ごときでそもそも反省することなど何もないし、アメリカでは反省なんていう非建設的な儀式への参加を強要されたりしないので、これでいい。

また、思ったよりも辛くなってる感じを仲の良い同僚などに伝えたければ、たとえば、
My cold got worse, so I'll be spending a day or two at home. (風邪こじらせちゃったんで、一日二日、家でゆっくりしてますね)
みたいに書いてもいいけれど、これくらいが限界だと思う。いちいち、病気の症状の説明をしたり、会社に行かない方がよいと思われる理由を説明したり、はっきり言ってまったく意味が分からないし、逆にびっくりされると思う。

アメリカの職場において、風邪で休む理由を上の説明みたいに長々とする必要があるとしたら、それは、そんなことを要求する異常な上司を持っているからにほかならない。そんな日本人みたいな上司は間違いなく日本人だろうし、そんな上司の下で働いていては、何のために命からがら国境を越えてきたのか分からない。

まあ、今度、ぼくが病欠するチャンスがあったら、ぜひ上の長い説明をメールしてみたい。めちゃくちゃ受けると思う。

2006年11月19日日曜日

選択の自由という不幸


アメリカに来たばかりの頃、パンの種類やドレッシングの種類をいちいち聞かれて辟易したのは、早口の店員に聞かれていることが分からなくてドギマギ したということもあるけれど、それ以上に、そもそもどういう選択肢があるのかさっぱり分かっていなかったというのもあるし、もっと言っちゃえば、そんな選択肢があるということに頭にきていたわけだ。

ある時は、聞かれてることがよく分からずにまごまごしていると、さっさと Yes って言えよって雰囲気になってしまったので困って Yes って答えてみたら、マヨもマスタードもついてないターキーサンドイッチが出てきてびっくりしたこともあった。アメリカのメシが不味いという噂は本当だなあ、日本ではこんな不味いサンドイッチは存在すらできないだろうなあ、と思ったのだった。

つまり、いちいち選択するのは面倒くさいし、選択肢が多いことは必ずしもいいとは限らない。サンドイッチなんて、いちいち選びたくないし、ハムサンドって言ったら、ハムサンドが出てくればいいわけだ。

昔はそう思っていた。

しかし、選択を強要される環境にならされすぎて久しいと、逆に日本に帰ったときに「あまりにも注文の多すぎる客」になり果ててしまっていて、なんて不便なんだろうって思ったりする。ハムサンドってひとことで片付けられても困るっつーの。ハムにもいろいろあるだろう、みたいな。慣れってのは怖い。

逆に、日本から来たばかりのころ、アメリカの電気屋の、そのあまりの選択肢のなさと製品のレベルの低さには辟易した。

ある時、当時の最新の、ほとんどテープと大きさの変わらない小ささのウォークマンを買おうと、たしか 400ドルくらい現金をもって Circuit City にいったのだけれど、店には三つくらいの選択肢しかなくて啞然とさせられた。そして、そのすべてが 50ドルくらいの安さでびっくりしたけれど、それ以上に、日本で言えば 10 年くらい前のモデルしかなくて、いくら安くてもそんなバカデカい古くさいウォークマンをわざわざ買う馬鹿がいるかと憤慨して帰った。結局、ウォークマンは渡米前の女房に日本から送ってもらった。

しかし、あれから九年ちょっと経ってみても大して進歩してないアメリカの電化製品市場に対して、なぜかとくに文句もなくなった。多くのものはネットで買えるようになったというのもあるし、電化製品は日本人が作ってるんだから日本みたいにいいものが買えないのは仕方ないとも思うし、べつにそれでそんなに困ることもないじゃん、くらいにしか思わなくなった。

まあ、年を取ったというのもあるだろうけれど、やっぱり、慣れなんだろうと思う。

ひっきりなしに新発売のコマーシャルを見せられている日本人は、なにか新製品を買ってないと幸せになれない感がつきまとうと思うが、そういうコマーシャルもなければ、そもそも新発売すらしてない国においては、そういう物欲が刺激されることもほとんどない。

都会のど真ん中で生活している極一部の人を除けば、アメリカにはスローライフしか存在しない。

というわけで、前振りが長過ぎるけれど、ある教授の Google での講演を、秋の夜長の暇つぶしにどうぞ。


2006年9月17日日曜日

Sturgis 2006 (その16)

(Sturgis 2006 その15 からの続き)

旅の最終日、八月二十日。日曜日。

七時半、起床。早く寝ているせいもあるが、早起きするくせがついている。

ヨネとは九時の約束なので、もう少し寝ていてもいいが、目が覚めてしまったので起きることにする。

だらだらと着替え、荷物を片付け、出発の準備を整える。

とくにすることがなくなり、ESPN でも観てのんびりしていると、チーフがごそごそと布団に入りなおしている。なにをするのかと思ったら、しっかりと寝る体勢になっている。出発の準備が完全に整った後に、まだ寝るか。

準備が終わってから惰眠をむさぼるチーフ

九時、チーフをたたき起こして出発。

朝飯は、昨日の晩飯の時に見つけたマックに行くことにする。

日曜日だし、本当はダイナーでエッグスベネディクトでも食べたいところだが、その気持ちは誰にも理解されない。みんな、エッグスベネディクトが何なのかも知らなければ、ダイナーで朝飯を食うということに対するノルタルジーもない。

八年前にアメリカ人と旅をした時には、朝はダイナーが基本だった。今日はさっさと先を急ぎたいというような日でも、のんきにダイナーで朝飯を食った。その頃は、そんなにこんな食事が嬉しいのかとさんざんバカにしたけれど、今は彼らの気持ちがよく分かる。近くにあったら Perkins に行きたいと、おれも思う。

全てが分かるわけではないし分かる日も来ないと思うけれど、アメリカ文化に対する理解度は、八年前と比べると千倍くらいになっていると思う。

さて、朝マックだ。注文は決まっている。ソーセージエッグマフィン。飲み物はコーヒー。そんなこと聞くなとすら言いたい。

出てきたハッシュドポテトが少し欠けていたので、丁寧に換えてもらうように言うと、同じものを上下逆さまに入れなおして持ってきた。はあ。わざわざ朝から気分を悪くさせてくれる必要はないのになあ。店長の前でボロカス言ってやってもいいのだが、どうせ店長も、そんなことくらいでそんなに怒ることもないだろうと言う態度を取るんだろう。しょせん、ヘボ田舎のマックだ。言うだけ無駄なので、ダメな客を甘んじて受け入れる。どうせ二度と来ないし、積極的に来ないという態度を取ることもできないし、対抗する手段がない。

チーフは相変わらずグリドルズを食べている。本当はソーセージエッグマフィンが食べたいはずなのに、おれを騙すためだけに、よく我慢して食べられるなあ。それにしても、いったい、どんな味がするのだろう。

九時四十分、出発。CA-99 を南下。ああ、もうすぐ旅は終わる。

I-5 の何倍もましとはいえ、CA-99 はどこまで行っても町の中。しかもアメリカの全ての都市部の郊外に見られるような典型的な店ばかりが立ち並び、観るべきもは何もない。アメリカに暮らしている人なら全ての人が知っているような大型量販店ばかりが目に付く。

ところどころの交差点で信号に止められながら黙って CA-99 を南下。

十一時すぎ、Sacramento に到着。街を抜けるために I-5 に乗る。

街を抜けたところで CA-160 に乗り換えるための Exit を探す。GPS でみるとそろそろだ。Exit-511 のところで、CA-160 まで 1マイルと書いてあった。次の Exit で降りればいいのだろう。いつでもインターステートを降りられるように一番右側の車線でのんびり走る。

が、どこまで走っても Exit がない。4マイルほど走ったところにやっと Exit があった。さすがにだいぶ南に来すぎてしまっているが、降りるしかないので降りる。このまま I-5 を南下して帰ることもできるし、その方が早いのだが、そんなつまらない帰り方はない。四年前の最終日は L.A. から I-5 で一気に北上して帰ってきたが、やはり罰ゲーム以外の何ものでもなかった。

十一時二十分、Exit-507 を降りて、とりあえずガスの補給。CA-160 に戻る道がないかを探してみる。

しかし、どれだけ走ってもそれらしい道がない。1マイル (1.6km) ほど西に走ることができれば CA-160 にぶつかるのに、東西に走る道がひとつもない。I-5 を境に完全に東西に分断されているらしい。

うーん、さっきからうろうろして時間を無駄にしているだけだ。やっぱり、急がば回れか。面倒くさいけれど I-5 を戻って Exit-511 でおりよう。そこから東に走っていけば必ず CA-160 にぶつかる。

十一時四十五分、Exit-506 から I-5 を北上。Sacramento に向かう。

ほどなく Exit-511 をおり、難なく CA-160 を発見。やはり、最初からここで降りていればよかったのだ。世界中の全ての道路標識にいえることだが、なにゆえこんなに不適切なサインが作れるのだろうか。地元の人には関係ないし、通りすがりの人は公式に文句を言わないので永久に改善されないということなのだろうが。

十二時、CA-160 を南下。河沿いののんびりした道。

見ると、ぜんぜん綺麗な河でもないのにクルーザやら水上スキーやら、好き放題に若い連中が遊んでいる。このあたりの人は、この河でしかそういう遊びができないのだろうが、日本だったら、こんな河でそんな風には遊ばない気がする。まあ、その前に、クルーザで遊んだりすること自体がアメリカほど一般的なことではないわけだが。

十分ほど走ると、CA-160 が河の反対側に移動。橋で渡る必要がある。

と思ったら、その橋が動いている。さっきみた大きな船を通すために、橋そのものが動いている。可動橋だ。アメリカではそこら中で見るが、日本ではほとんど見なくなった。

そういえば、アメリカで一番最初に住んだ町にも可動橋があり、しかもダウンタウンに近いところにあったので、それが動いてるところを見たときは、凄くびっくりした。橋が動いている間、黙って十分以上も待たされるのだ。大らかさを強要される仕組みはアメリカ社会のあらゆるところに見られるが、可動橋もそのひとつだろう。

最初は、なんでこんな無駄なことをするのか分からなかったのだが、調べてみたら可動橋の方が固定橋よりもかなり安く作れるということを知ってびっくりした。つまり、みんなが大らかに待つことを受け入れられれば、インフラのコストを削減できるというわけだ。日本では、質の低いサービスは受け入れられないし、高い橋を作る方がゼネコンも政治家も嬉しいのだから、絶対に受け入れらないのだろう。

二十分ほど、ただその橋が上下して船が通過するのを待つ。橋が下りたところで出発。向こう岸に渡り、CA-160 を南下。

十二時四十分、道路のわきにタコスの屋台を発見。ここで昼飯にしよう。

「ウノ アサダ」 ビーフタコをひとつ。

見たこともないソーダ瓶を、みんなであれこれいいながら飲む。説明されてもよく分からない。

天気もいいし、屋台で安いタコスを食べられて、幸せだ。こんなところに屋台があるというのは、やっぱりカリフォルニアに帰ってきたなあ。ラティーノと触れ合えて、幸せそうなヨネとひーちゃん。

ちなみに、この昼飯でひとつびっくりしたことがあった。それは、ヨネもひーちゃんも L.A. にいるのにスペイン語が喋れないこと。L.A. にいるならスペイン語から勉強するべきだろ。

おれも喋れるわけじゃないが、挨拶もできるし、数も数えられる。アメリカに住んでたら誰でもできるレベル。「まずは英語」とヨネは言ったが、そういえばおれもそう言ったことがある。まだ英語に自信がまったくなかったころ、スペイン語なんてひとつでも覚えたら大損だくらいに思っていた気がする。でも、ヨネは英語は上手なんだから、もうスペイン語を勉強するべきだと思うけどなあ。まあ、おれも知らないうちに覚えていただけのことだし、ヨネもそのうち数くらいは数えられるようになるんだろう。

一時、おなかも満足したし、出発。

一時十五分、また可動橋で向こう岸に渡る。今度は待たされずにすんだが、もとに戻るなら最初から河の東側を走ってくれば良かった。そうすればさっきの可動橋で待たされずに済んだ。って、それだとタコスも食えなかったけれど。

河口に近づくにつれ、風がどんどん強くなっていく。もうすぐ河が終わるという合図だ。

一時半すぎ、CA-4 に乗り換え。中央分離帯もあるしニ車線の大きな高速道路になった。田舎道の旅は終わりだ。あとは、インターステートを乗り継いで帰るだけだ。

CA-4 から CA-242、I-686、CA-24 と乗り継ぎ、二時十五分、Oakland に到着。I-580 に乗り換え。

ああ、帰ってきた。ここからは地図がなくても帰ることができる。見慣れた風景が目に飛び込んでくる。終わっちゃったなあ。

行きは Dumbarton 橋を渡ってきたから帰りは San Mateo 橋を渡るか。会社のまん前を走り、US-101 を南に向かう。

三時、US-101 を降り、信号を待っている間にすかさず自宅に電話する。「今、101 を降りた。んじゃ」

ほどなく我が家に到着。ああ、終わった。なにはともあれ、無事に終わってよかった。

ガラージの前で、子供たちが大喜びで騒いでいる。バイクを止め、ヘルメットを取る。「ただいま!!」 「おかえり〜!!」

息子が大喜びで抱きついてくる。少し見ない間に、また大きくなったようだ。

娘の顔はこわばっている。こちらをずっと見ているが、目が合うと目をそらす。まだ人見知りをするとはいえ、おれはお父さんだよ。頼むよ。決して、お母さんから離れようとしない。ちょっと悲しいが、自業自得とも言う。

ああ、終わったなあ。本当に終わったなあ。

まだまだバイクに乗ってたかったけれど、やっぱり終わっちゃったなあ。いつか、終わらないほど長い旅をしてみたいけれど、チーフは三ヶ月の旅もあっという間に終わったと言ってたし、どれだけ走ってもキリはないんだろうな。

とにかく、みんな無事に帰ってこれてよかった。またいつか、みんなで走りたいね。

おつかれさまでした
  • 総合走行距離: 5811.61. マイル (9352.88 km)
  • 今日の走行距離: 238.85 マイル (384.39 km)
  • 最高速度: 83.1 マイル/時 (133.74 km/h)
  • 移動時間: 4時間14分
  • 移動平均速度: 56.3 マイル/時 (90.6 km/h)
  • 最低最高高度: -61.3〜830 フィート (-18.7〜253 m)
  • $3.229 x 2.868G = $ 9.26 — 11:23:25 SHELL — 9100 Harbour Point, Elk Grove, CA



2006年9月16日土曜日

Sturgis 2006 (その15)

(Sturgis 2006 その14 からの続き)

旅の十五日目、八月十九日、土曜日。

七時半、起床。空は真っ青。風もない。気持ちいい。

外に出てみるとチーフがお湯を沸かしている。なるほど、その物音で目が覚めたのだな。

お湯が沸いたらさっそくインスタントのみそ汁を作るチーフ。いい香り。自分もお湯を沸かし、チーフにみそ汁の元をもらう。ウマイ。

みそ汁を飲み干すと、胃がおきてきたのか、さらにおなかが空いてくる。目の前の柿の種をかじりながら、何を食べるか考える。

Mazama Campground at Crater Lake

そうだ、きのうビレッジで買ってきたマフィンがあった。マフィンを食おう。

しかし、「そうなるとコーヒーが欲しいね」チーフが言う。そうか、ヨネが起きてこないとコーヒーが飲めないんだ。

さっきからごそごそしているのに、まったく起きる気配のないヨネとひーちゃん。まあ、急ぐこともないし、好きなだけ寝ててくれていい。

仕方ないので、コーヒーなしでマフィンをほおばる。飲み物なしというのも悲しいので、どこでもらって来たかも分からないお茶を飲むことにする。それぞれはおいしいのに、ふたつはまったく合わない。

おなかも満足したので、キャンプ道具を片付けて、準備をしよう。すると、やっとヨネとひーちゃんが起きてきた。おはよう。

二人が朝飯を食べている間に、テントを日向に移動して乾かす。乾かしている間にトイレに行って顔を洗う。さっぱり。テントが十分に乾いたら、たたんで、バイクに積む。チーフとおれは、出発の準備が完了。

三十分以上も遅くおきてきたヨネとひーちゃんは、まだ当分、出発の準備は整いそうにない。どうしようかな。

十時前、ビレッジの方に先に行って、そっちで待っていることにする。おれとチーフを目の前でずっと待たせている状態というのも急かされているみたいで気を使うだろうし、待っているだけのこっちも特にすることがない。ビレッジに行けばお土産屋をぶらぶらすることもできるし、コーヒーもある。

「んじゃ、ビレッジで待ってるね」

チーフと二人でビレッジに行く。コーヒーを買い、外のベンチでのんびりと飲む。気持ちいい朝だなあ。

地図を開いて今日のルートを検討する。

明日は夕方までにバイクを返す必要があるから、昼すぎにはおれの家で荷物を降ろしていたい。そうなると、今日は Redding が最低ライン。できれば、Redding よりも南まで行きたい。近ければ近いほど、明日が楽になる。

I-5 で南下すればどこまででも行けるのだが、それはできるだけ避けたい。I-5 を使わずに南下するルートでどこまでいけるか検討する。

すると一人の金髪の女性がとなりのランドリールームから出てきた。ミニスカートに、かなり胸元が開いたきわどい服。小さな犬を散歩させている。アウトドアとは対極の井出達。

まわりにいた全ての男が、何も見なかったことにしようと不自然な動きになる。何も見ていないし、見ようともしていないということを証明するために、体を硬直させ、体のどの部分も動かさないように気を使う。

しかし、そこにいたすべての男のサングラスの奥に光る目は、その女性の胸に釘付けになっていた。ぱっくり開いた胸元は、彼女の自慢の胸を強調するように不自然に開けっぴろげだった。

めちゃくちゃ見たいのに、誰もそんなそぶりは見せない。彼女が通り過ぎるタイミングでなにげなく振り向いて確認したりしている。

首から下は、ほしのあき。近くで見たすぎる。

すると、女はおれとチーフが座っていたベンチのまん前にきて、わざとらしく大きく足をあげて組み、真正面に座った。まわりの男の羨ましそうな視線がおれとチーフに降り注ぐ。いきなり S席になった。胸の谷間がすぐそこにある。

女は、その場の全員の男の視線を明らかに楽しんでいる。そこまで大きくするのにいくらかかったのかは知らないが、男の視線を独占できてかなり気分がいいだろう。

あまりにゴージャスな胸を目の前に、ほしのあきの話題で二人で盛り上がる。三十路には見えないとか、努力家だとか、まさにどうでもよすぎる話題に花を咲かす中年。視線はずっと女の胸の辺りを泳いでいる。

「しかし、ヨネは大損したね」チーフが言う。御意。早起きは三文の得だ。われわれは、今日という日をもっとも素晴らしい方法でスタートすることができたが、ヨネはほしのあきに会い損ねたのだ。

十時半、ヨネとひーちゃんがビレッジに到着。ガスを給油して、出発だ。時計回りに湖畔を一周する。

ビスタポイントのたびに止まり、目の前の美しい湖にため息をつく。

Crater Lake National Park in Oregon


十二時半、ビスタポイントの手前で交通整理の警察がいた。何かと思ったら、事故があったらしい。ぐしゃぐしゃに壊れた自転車とハーレーが、道路の脇にとめてある。二輪同士の事故だ。

バイク乗りはふつうに警察に受け答えしていて怪我はない様子だが、自転車の方の人はいない。

道路には生々しい血の跡がかなり広範囲に残っていて、大量に出血した様子がうかがえる。

現場の状況から考えて、長い下り坂をかなりのスピードで降りてきた自転車が右カーブを曲がりきれずに反対車線のバイクに激突した感じだ。バイクの車線はブラインドのカーブが終わった直後の直線だし、ビスタポイントの手前なので見通しもよく、スピードは出ていなかったと思われる。

バイク側に落ち度がなかったとしたら、それは自分だったかも知れないわけで、なんとも言えない気分になる。(残念ながら、この自転車乗りの方は先日亡くなった)

そういえば、もう昼過ぎだ。気がつくとけっこうおなかが空いている。どうしよう。昼が食べられそうなところは当分はない。湖を一周して Mazama ビレッジに戻れば何かあるだろうが、もう戻りたくない。とりあえず持っているものを食べておくことにしよう。ピーナッツとビーフジャーキーでお茶を濁す。

あまりに寂しい昼食を見かねたのか、ひーちゃんがシナモンロールをくれるという。そんな豪華な食べ物をくれるって、どんな富豪や。

ひーちゃんの気が変わる前に急いでもらうことにする。うーん、ウマイ。子供の頃は好きじゃなかったのに、今は大好きなシナモンロール。

てきとうに空腹を満たしたら出発。

一時すぎ、湖の淵を一周し、OR-62 に出る。昨日来た道を南に戻る。

二時前、US-97 に合流。Upper Klamath Lake の湖畔を南下。

右手に走る線路の向こう側に、脱線して転倒したままの列車がそのまま放置されている。そのままでも誰も困らないのか、困る人はいるけれど対処するためのコストを払えないのだろう。そういえば、コロラドのデュランゴでも、谷底に落ちたまま放置されている汽車を見たなあ。

二時すぎ、Klamath Falls に到着。OR-39 に乗り換え。

五分後、Altamont で ガスの補給。

湖畔の道は車も多くて、けっこう疲れた。休憩。とくにおなかは空いてないけれど、せっかくなので何か食べておくことにする。何にしようかなあ。結局、ホットドッグとコーヒー。

ここからはローカルハイウェイをちょこちょこと路線変更しながら南下していく。道を間違わないように地図でルートの確認。

三時すぎ、出発。OR-39 を南東に向かう。

三時半、最後の州、カリフォルニア州に到着。ここから OR-39 は CA-139 に名前が変わる。

天気の心配はまったくないし、制限速度も 55MPH (88km/) から 65MPH (104km/h) に変わるし、ここまでガイコクの文化や作法でしてきた苦労もここから先はなくなる。なんと言ってもカリフォルニアだ。地元だ。「あー、帰ってきたなあ」

CA-139: Welcome to California
CA-139 を南下する。

四時すぎ、Hackamore に到着。地図の確認。

このまま CA-139 を走り続けるよりも、Hackamore から真南に走る道の方がだいぶ近道だし、そちらを使ったらどうかと思うのだが、地図をみると番号も振られていない道だ。行ってみて大丈夫なのかは定かじゃない。

チーフに言ってみる。「たぶん三十分の短縮ができるけれど、ヨネは反対するかな」地図を見ながら「するだろうね」とチーフが答える。

だよなあ。しかし、さすがにこれがダートってことはないんじゃないだろうか。

ちらっとヨネを見ると、ひーちゃんと話をしていておれが何を考えているかはまったく気がついてない様子。ふむ。ヨネには内緒で走ってみよう。ヨネに相談してしまえば、ひーちゃんを守る立場として反対せざるを得なくなるにしても、知らなければ反対のしようもないし、後で喧嘩の原因になったとしても、知らなかったヨネには責任はないはずだ。「いいよね?」一応チーフも共犯にしておく。「大丈夫でしょ」

CA-139 を走り続ける振りをして出発。先頭を走るおれが自信満々に右にそれて行けば、よほどの確信がなければついてくるしかない。

何も書かれていない分岐点から、こっそりと Lookout Hackamore Road へと乗り換える。

見渡す限りの草原を、一直線に南に突っ切る田舎道。どうやら問題はなさそうだ。

その道は最高に気持ちのいい田舎道で、30マイル (48km) ほど走る間に対向車はたったの二台しかすれ違わなかった。賭けは大成功だった。

四時半、Bieber に到着。ガスの補給。トイレに行き、水を補給し、出発。ここから CA-299 を南西に向かう。

右手には 4000m 級の Mt. Shasta が見え、左手には 3000m 級の真っ白な雪山、Lassen が見える。

五時半、CA-89 に乗り換えて南下。目の前に Lassen が見える。以前に来た時はここまで真っ白じゃなかった記憶があったけれど、今日は真っ白だ。そこだけ真冬といった井出達だ。しかし、今からあれに登るのだろうか?

六時すぎ、Lassen Volcanic 国立公園に到着。ここから急激に山を登っていく。

遠くから見えていた真っ白な雪山は、やはり道の脇にはいたるところに残雪がある。そして、標高が上がるにつれ、残雪というよりもふつうの雪山のように変貌していく。寒すぎる。

七時、頂上付近のビスタポイントに到着。ほとんどスキー場だ。さっきまで夏だったのに、もう真冬だ。Lassen の頂上は 3000m くらいなので立山とあまり変わらないはずなのだが、なにゆえこれほど大量に雪が残っているのだろうか。駐車場の脇には 50cm から 1m くらいの高さで雪が残っている。

それにしても寒い、寒すぎる。さっさと降りよう。

七時半、Lassen Vocanic 国立公園を脱出し、CA-36 との分岐点に到着。ここから西に一時間走って Red Bluff に行くルートを取るか、さらに南を目指して Chico に向かうか。

明日、だまって I-5 で帰るのならば Red Bluff に行くべきだが、I-5 を避けて走っていくならば Chico の方がいい。「だったらChico の方がいいね」チーフが言う。もちろんおれは賛成だ。しかし Chico を目指すとなると、一時間ではつかない。二時間コースになる。

今日はそれほどの距離を走っていないとはいえ、つく頃には暗くなっているのは間違いない。ヨネの判断にゆだねる。ひーちゃんに訊く。大丈夫だという。大丈夫としかいいようがないのに訊いているのだからずるい。

よし。んじゃ、行こう。がんばって南に向かうことにしよう。

暗くなるまで頑張って走る時の心の支えは中華だ。ひーちゃんが言う。「今晩はチャイニーズだね!!」おぉ、今日はマズイ中華を食うぞ! みんなの気合も入る。

US-36 を南下する。

七時半、US-32 に乗り換え。あとは Chico まで一本道。この山道をまっすぐ走れば Chico につく。

日も落ち、薄暗くなり始める。真っ暗になる前に着きたい。自然とスピードが上がっていく。

50MPH (80km/h) から 70MPH (112km/) で峠道を攻め続ける。チーフはぴったり着いてくる。もっと速く走ってみろと言われているような気分だ。自然と速度が上がっていく。

八時半、かなり暗くなってきた。

道路わきにバイクを止め、ヨネが追いつくのを待つ。チーフと二人でスピードを出しすぎたため、だいぶ離してしまった。

ほどなくヨネが追いつく。Chico まであと三十分くらいだ。頑張って行こう。

道路に戻って出発した瞬間から、アクセル全開で走る。一瞬、もたついたチーフが後方に消える。これで追いつけないだろう。

どんなにコーナーを速く走っても、必ずストレートで追いつかれてしまうので、ここから Chico までは、絶対に追いつくことができないようにストレートでも速度を緩めずに走ることにしよう。コーナーの立ち上がりからアクセルをあけ、90MPH (144km/h) くらいで巡航する。山道でこれ以上の速度は出せないだろう。

しかし、十分ほど走ったところでチーフのライトが後方に見えた。え!?距離を縮めている?家庭を持つ男としては、これ以上は無理というくらいに頑張ってみたのに、チーフはなんと追いついてきた。ストレートは 100MPH (160km/h) くらい出ているに違いない。むちゃくちゃだ。

八時四十五分、Chico に到着。ガスの補給。トイレでチーフに言ってみた。

「あんなにスピードだしたらアカンって。やりすぎだって」

「『追いつけるものなら追いついてみろ』ってことだと思って、かなり頑張ったよ」

頑張るなっての。まったく、負けず嫌いにもほどがある。

九時、出発。

スタンドで教えてもらったモーテルに、迷いながらも到着。チェックイン。九時十五分。

荷物を降ろしたら、インド人の店主に教えてもらったチャイニーズに向かう。

九時半、チャイニーズバフェに到着。やったー。今日の褒美だー。嬉しくて仕方ない。おなかもペコペコだ。

手当たり次第に皿に取り、食事らしい食事を楽しむ。昨晩デニーズで食べたフライドチキンステーキとは大違いだ。やはり、メシはアジアに限るなあ。

おかわりに立ってみると、スシを発見。チャイニーズのバフェなのにスシもあるのか。

こんな田舎でもスシが食えるとは、スシの市民権は完全に確立されたともいえるし、田舎でもカリフォルニアはカリフォルニアともいえる。

どうしようもないスシを手当たり次第に皿に取ってほお張る。日本で売ったら死刑間違いなしのマズさなのに、うまくて仕方ない。

「今日も遅くまで頑張って走った甲斐があったね」みんなでおいしい晩ご飯に感謝する。ビールもウマイ。

十時半、モーテルに戻る。

シャワーを浴び、テレビをつけ、スポーツニュースをぼんやりと眺める。カリフォルニアなので天気予報は必要ない。

ああ、これが最後の夜なんだねえ。明日には終わっちゃうんだねえ。

  • 総合走行距離: 5572.74 マイル (8968.46 km)
  • 今日の走行距離: 367.05 マイル (590.71 km)
  • 最高速度: 90.2 マイル/時 (145.16 km/h)
  • 移動時間: 7時間13分
  • 移動平均速度: 50.8 マイル/時 (81.8 km/h)
  • 最低最高高度: 1509〜8332 フィート (460〜2540 m)
  • $3.146 x 3.159G = $ 9.94 — 10:27:49 MAZAMA VILLAGE GAS — 569 Mazama Villsage, Crater Lake, OR 97604 
  • $3.279 x 1.975G = $ 6.48 — 14:16:38 ALBERTSONS EXPRESS — 5400 South 6th St., Klamath Falls, OR
  • $3.479 x 2.255G = $ 7.85 — 16:38:25 RED BARN — Hwy 299, Bieber, CA
  • $3.299 x 3.708G = $12.23 — 20:46:24 7-ELEVEN — 1111 Forest Street, Chico, CA




(Sturgis 2006 その16 へ続く)

2006年9月15日金曜日

Sturgis 2006 (その14)

(Sturgis 2006 その13 からの続き)

旅の十四日目、八月十八日。金曜日。

八時、起床。

さっさと着替えて朝飯だ。空港のそばのモーテルだけあって、当然ながらコンチネンタル・ブレックファストがある。久しぶりの贅沢な朝食に心も弾む。ドーナツとシナモンロールに、コーヒーとオレンジジュースで攻めることにする。まさにアメリカ人の朝食スタイル。

九時半すぎ、贅沢な朝食を満喫し、だらだらと準備を済ませ、出発。まずは目の前スタンドで給油。地図を開いてみんなでルートの確認。さーて、今日もがんばって走りますか。

十時、スタンドを出発。まずは目の前の I-84 に乗り、町から脱出だ。

朝の遅い時間なのに、町だけあってかなり車が多い。こんな道は事故の元だ。さっさと降りなくていけない。

30マイル (48km) ほど走って Caldwell に到着。インターステートから脱出。

十時半、US-20 を北上。帰る方向とは反対だが、昨日、Boise まで南下したツケを払う必要がある。

十一時、オレゴンに突入するも気づかずに走り続ける。GPS で確認したら、州境を過ぎたように見えるんだけれど、州境の看板はあったかなあ。

後ろのチーフに聞いてみると、州境の看板を見たという。おれが見逃しただけだったか。以前 US-97 で見たオレゴンの看板をイメージしていたので、何の変哲もないつまらない看板を見逃したらしい。悔しいので戻ることにする。

US-20: WELCOME TO OREGON

さて、オレゴンだ。ヘルメットなしの自由もここまでだ。ここから自宅まではずっとヘルメットが必要になる。久しぶりのヘルメットはすごく重く感じる。

「オレゴンといえば『オレゴンから愛』だね」 とひーちゃんが言う。懐かしいなあ。しかし、ヨネは知らないという。知らない日本人がいたのにびっくりする。

「オレゴンから愛」とは全然関係ないのに、なぜかそれ以後、「北の国から」の主題歌が「おれTunes」に登録され、うるさいほどかかりまくることになる。

それまでは、ラジオを聴いているとき以外の「おれTunes」は、天気が悪い時は SRV の「Couldn't Stand the Weather」がよくかかっていた。それがかかると自動的に「Voo Doo Chile」がかかり「Pride and Joy」がかかる。ちなみに「Pride and Joy」の女性は、以前は女房だったのに今は娘になっている。この歌がかかると娘に会いたくなって仕方がなくなる。「She's my sweet little baby. I'm her little lover boy〜♪」

また、天気がよい時は、Lazytown の曲が流れっぱなしになる。「Welcome to Lazy Town」から「There's Always A Way」「Teamwork」と、順番に熱唱する。ハーレーで田舎道をぶっとばしながら「Teamwork do it together. Teamwork friends forever〜♪」と幼児番組の歌を大声で歌っている中年。ちょっと心配になるが、それがおれの今の実力なのだから仕方ない。

それにしても、今回の旅は、ラジオよりも「おれTunes」を聴いてる時間の方が圧倒的に多かった。

US-20/26 を北上し、十一時過ぎ、Morgan からやっと西進。ここまでは、Boise まで南下してきたツケを払う旅。本番はここからだ。

オレゴンに入ったとたん、何もない田舎道なのに 55MPH (88km/h) 制限となる。アイダホを抜けているのでモンタナの白バイ兄ちゃんの教えを忘れてもいい。10マイルオーバーくらいで走っている。だが、それでも 65MPH (104km/h) なのだから、かなりのんびり走っているように感じられる。同じ道がカリフォルニアならば 65MPH 制限、つまり 75MPH (120km/h) で走れるのに、何が目的なんだろうか。

十一時半、Vale から US-26 と分岐して US-20 を西進。ここから先は砂漠だ。砂漠の小さな山の間をうねりながら抜けていく。

この軽いワインディングで、ヨネのカーブの速度がだいぶあがっていることに気づく。今までだったらコーナーを二つも抜けたら後ろにはいなくなっていたのに、ここでは四つくらい越えてもまだ見えていた。毎日いやというほど走りまくっていることで、二人乗りも完全に板についてきたし、バイクが倒れる角度もだいぶついてきたようだ。

十二時半、約二週間ぶりに太平洋夏時間に時計が変わる。時計の針が一時間戻って十一時半に変更。バイクの時間も体内時計もずっと太平洋時間のままだったので何も変更なし。

一時間後の十二時半、Burns に到着。ガスの給油と昼飯。

一時半すぎ、出発。

二時過ぎ、US-395 に乗り換え。ぽかぽかと暖かい日差しが気持ちよすぎて、とにかく眠い。大声で「北の国から」の主題歌を歌って眠気をさますが、それでも眠い。

途中、「あぁあ〜♪」と「北の国から」を最初から歌っていたら、二小節目から「大都会」に変更できることに気づく。何度も交互に歌ってみて確認する。富良野の田舎が大都会か。いくら暇でも、そんなことを真剣に考えている自分はどうなのかと自問する。

二時半、砂漠のど真ん中、Wagontire で右手にスタンドを発見。オアシスだ。多くのバイク乗りが休憩している。

ガスはまだあるので寄る必要はなかったが、眠すぎて怖かったので休憩することにする。

「『北の国から』と『大都会』は、最初は一緒なんだよ」とみんなに教えてあげたが、「へえ」と言いながら誰も本気では関心を示さなかった。自分としては凄い発見だと思っていたのに。まあ、眠くて頭が回ってないだけなんだろう。後で、もう一回教えてあげよう。

十五分ほど気分転換して、ひーちゃんに新しいガムをもらって出発。

US-395: Wagontire in Oregon

三時、US-395 から Chirismas Valley Wagontire Road に乗り換えて西進。さらに砂漠の道が続く。

Chirismas Valley Wagontire Road in Oregon

オレゴンは緑が豊かなイメージがあったのだが、今回東西に横断してみてそれが誤解だということが分かった。オレゴンは、西側は緑豊かだけれど、東側はただの砂漠。不毛の大地だ。この日は天気はすごく良かったが気温はそれほど高くなく、走っていれば気持ちいい気温だったこともあり、オレゴンの東半分は涼しいネバダ州のように感じた。

三時半、Chirismas Valley に到着。ガスの補給。

四時、出発。十分後、Silver Lake に到着。湖とは言ってもドライレイクなので水はない。OR-31 を西進。

四時半、Bear Flat Road に乗り換えて西進。

五時、US-97 に合流。

さて、ここから US-97 を 35マイル (56km) ほど南下して OR-62 を北上していくルート以外に、US-97 を素通りして、この先の州立森林公園の中を南下していくルートがある。地図で確認すると、州立公園ルートの方がかなり近い道になる。

問題は、だいたい 3マイル (4.8km) くらいのダートを走らないといけないということだ。

時間もだいぶ押しているし、できればこのショートカットで行きたいと思うが、ダートを二人乗りするのはかなり大変だ。ヨネが何ていうか聞いてみる。

すると、その 3マイルを我慢すればかなり時間が短縮できそうなんだし、行ってみようという。おぉ、そう言われると嬉しい。自分だったらかなり躊躇しそうだし、無理強いするつもりはなかったのだけれど、ヨネから積極的な意見が出たことで、おれとチーフの迷いも消えた。行こう。

US-97 を素通りし、西進を続ける。

先頭を走るおれの視界を遮るものは何もないが、おれの後ろを走る二人は、おれが巻き上げる砂埃で前が何も見えない。たまらずに車間距離をあける。

予定通り、3マイルほど走ったところで州立森林公園を南北に縦断するルートに合流した。しかし、あろうことかその縦断ルートも未舗装道路だった。「ダ、ダートなのかよ…」

たったの 3マイルで済むつもりだったから選択したルートだったのに、なんてこった。うーむ。どうしようか。

せっかく走ったダートを戻るのも馬鹿馬鹿しすぎるし、きっとこのダートもすぐに終わるはずだ。下まで全部がダートなワケがない。地図を確認してもダートの印はないのだ。意を決して南下することにする。

とりあえずヨネを先頭にして、おれがしんがりを務めることにしよう。先頭なら砂埃の中を走る必要はない。

ときどきかなり深い砂利にハンドルが取られそうになりながらも、我慢の走りでダートを南下する。しかし、いつ終わるんだろうか。

一人で乗っていてもかなり辛いのだから、二人乗りはさぞかし辛いだろうと思う。また、運転している方はハンドルを持っているのである程度は対応が取れたとしても、後ろのにっている方はたまらないと思う。執拗に続く大きな振動に、脳みそが溶けて耳から出てきそうになってるんじゃないだろうか。

そのダートは結局 OR-62 に出るまで、15マイル (24km) ちかくも続いた。嫌がるヨネをおれとチーフで無理やり説得したような形じゃなくて、よかった。このダートは酷すぎる。詐欺にもほどがある。

ダートは続くよどこまでも at Sun Pass State Forest in Oregon


「だから嫌だって言ったのに、五分で終わるからお願いだって、何度も何度も言うから、五分だけだからねって言ったのに、もう二度と信用しないからね!!!」なんて言って、ひーちゃん、ブチギレしてたりしないだろうか。

奥さんを後ろに乗せて走っていた当時、つまらないことでよく喧嘩したと言っていた友人の話をみんなで思い出す。結局、こういう細かい詐欺の繰り返し、積み重ねが最終的な決断へと結びつくのだろう。「これは確実に離婚の要因のひとつだね」 いきなり離婚の危機を迎えるヨネとひーちゃん。

六時、やっと OR-62 に到着。舗装された道路は快適そのもの。さーて、クレーターレイクまで北上だ。

六時半、クレーターレイクに到着。訊くと、キャンプサイトに空きはある。良かった。

小さな国立公園だし、それほど多くの人が訪れる場所でもないから空きがないなどという事態は考えてなかったけれど、キャンプ大好きアメリカ人のことなので、楽観はできないと思っていた。まあ、回りにはたくさんキャンプ場があるから、ここがダメでも他に行けばいいと思っていたけれど。

七時、Mazama Village に到着。

受付でキャンプサイトを確保しようと思ったら、キャンプサイトを回って空いてるサイトの札をもってこいと言う。実際にサイトを見て場所を決めろということだ。

三台でかなり広いキャンプ場をぐるぐると回って様子を窺う。が、ほとんど埋まっていて選択肢はほとんどない。

こんなに広いキャンプ場がほとんど埋まっているなんて、日本ではまず考えられない。しかも、ここは規模も小さく大人気という国立公園でもないし、金曜日だ。アメリカ人のキャンプ好きは本当に感心するしかない。

大きさによって若干値段が違うサイトだが、値段よりもロケーションを選択。残っていた中では、なかなかいいところを確保できた。

サイトの入り口にあった札を取り、受付まで持っていく。その札がないサイトは確保されたという意味になる。

さっき説明をしてくれた受付の親父に言われる。

「あれ?友達はどうしたんだい?ひとりで金を払ってこいって言われたのかい?」

「まあ、そんなところ」

「チケットを持って戻ったときに、彼らがいい場所でテントをさっさと張ってるかどうかで、友情の具合が分かるね」

「確かに、みんないいところに張ってて、おれにはロクでもないところしか残ってなかったから頭にくるなあ」

果たしてサイトに戻ってみると、テントはひとつも張られてなかった。おー、真の友達だ。本当はなんでさっさと張ってないのか分からないけれど、どこに張るかは今からみんなで公平に探せるわけだ。嬉しいなあ。

あたりはだいぶ薄暗くなってきた。テントをさっさと張り、ビレッジに晩飯と薪の買いだしに行く。

火さえ通せば適当に食べられそうなものをいくつか買い、キャンプサイトに戻る。

薪に火をおこし、ランタンに火をつける。

買ってきた肉と野菜を焼き、適当な味付けで食べる。玉ねぎやじゃがいもをホイル焼きにして食べる。ウマイ。火が通って塩気があれば、ほとんど何を食ってもウマイと感じられる。ビールもウマイ。

明日はいけるところまで行って最後のモーテルになるから、今夜が最後のキャンプということになる。

ここまで何度もキャンプしてきたけれど、風もなく、雲もなく、寒くもなく、今回の旅ではもっとも快適なキャンプだ。

焚き火を囲んで、結婚や離婚からアメリカでの生活や仕事のことなど、たわいもない話に花を咲かせる。お互いの共通の友人の話題を肴に盛り上がる。

毎日こうやってくだらない話をしているのに、話は尽きない。本当に楽しいなあ。

空を仰ぐと満天の星空。イエローストーンの空も綺麗だったけれど、ここは周りの全ての木がかなり高いので、空がすごく低く見える。天の川に手が届きそうだ。

のんびりと天を眺めていると、ときどき流れ星が見える。人工衛星ばかり見つけて流れ星を見られないひーちゃんは悔しそうにずっと空を見ている。疲れて下を向いた瞬間に流れ星が線を描く。

しかし、キャンプは最高だなあ。今度の旅は、もっとたくさんキャンプがしたいなあ。はやく子供たちを連れてキャンプに来たいなあ。

ああ、もうすぐこの旅も終わるんだなあ。

  • 総合走行距離: 5205.70 マイル (8377.76 km)
  • 今日の走行距離: 409.97 マイル (1335.06 km)
  • 最高速度: 89.2 マイル/時 (143.6 km/h)
  • 移動時間: 7時間02分
  • 移動平均速度: 58.2 マイル/時 (93.7 km/h)
  • 最低最高高度: 2147〜6070 フィート (654〜1850 m)
  • $3.199 x 3.192G = $10.21 — 09:42:35 AIRPORT CHEVRON — 2828 Airport Way, Boise, ID 
  • $3.409 x 4.297G = $14.65 — 12:23:57 L.R. SWARTHOUT — 19 W. Monroe St., Burns, OR 97720
  • $3.429 x 2.607G = $ 8.94 — 02:35:27 CHRISTMAS VLY MARKET — 87497 Valley Hwy, Christmas Valley, OR

(Sturgis 2006 その15 へ続く)

2006年9月14日木曜日

Sturgis 2006 (その13)

(Sturgis 2006 その12 からの続き)

旅の十三日目、八月十七日。木曜日。

八時半、出発。

すぐ近くのスタンドに寄って、朝食。

たまには変わったものはないかと冷蔵庫の中をみてみるが、何もない。ハム&チーズ・ブリトーとコーヒーにすることにした。朝はコーヒーに限る。

さっさと朝飯をすませたらさっそく出発だ。今日は、昨日のツケもあるし、頑張る必要がある。最低でも 400マイル (640km) 以上は走らないといけない。できれば 450マイル (720km) くらい目指したい。

空は真っ白で雨が来そうな雰囲気。気温もけっこう涼しいので、カッパを着ていくことにする。雨は降っていないが、カッパは優れた防寒着でもある。

九時、出発。US-93 を南下。

十二時前、Missoula に到着。ガスの補給。

おなかが空いているわけでもないし、ちょっと早い気もするけれど、これからの道を考慮して昼飯を食っていくことにする。

アイダホ州に向かって山を登っていく途中、町らしい町がないので、ここで取らないと昼飯が二時ということになりかねない。それでもいいけれど、分かっていてそうする必要もない。

スタンドの店内をぶらぶらして、昼飯を探す。が、さっきスタンドで朝食をとったばかりなので、食べるものがない。どれも似たようなものばかりで、同じものを食べる気にはならない。うーむ。

もうどうでもいいなあと思ってツナサンドを手に取る。これでいいや。と思ったところにソーセージエッグマフィンが目に飛び込んできた。ほほう、こんなものもあるんだ。これも食べてやれ。

味気ないツナサンドとソーセージエッグマフィンをコーヒーで流し込み、地図とにらめっこする。

予定としては Lewiston 経由で Walla Walla に向かうルート。町の名前が面白いのでぜひ行きたい。400マイル (640km) 走っても到達できないが、450マイル (720km) 走ればいける。できれば今日はここまで行きたい。

Lewiston を最低ラインといってしまうと、結局そこまでになってしまう可能性が高いと思い、絶対に口にしないように気をつける。念仏のように、「今日は Walla Walla まで行こう」と言い続ける。

ここから US-93 を南下し、途中から US-12 で山越えするルートを確認。

地図を見ながらコースをイメージしていると、ひとりの男が声をかけてきた。

「いいバイクだねえ。新しいやつかい?おれも仕事でハーレーに乗ってるんだよ」

へえ。え?仕事でハーレーに乗ってる?まさか…

どんな仕事かと思ったら、なんと警察官だった。日本語で言えば、彼は白バイ兄ちゃんだった。

非番の白バイ兄ちゃんは気さくに、これからどっちに向かうんだと聞いてくる。

US-12 で山を越えるつもりだというと、「あそこは気持ちいい峠でおすすめだよ。おれも大好きな道だ」などという。仕事は警察官かも知れないが、その話振りは単なるバイク乗りのそれだ。

「しかし、アイダホに入ったら気をつけろよ。州境を越えた瞬間にねずみとりやってるからな、あいつらは」

え、そうなんだ。っていうか、おまえがそういうことを言うのか。

「知り合いも何人かやられてるんだけれど、アイダホの連中ははっきりいってエゲツないよ。最低の連中だよ」

非番でも警察官なんだから、言葉を選んだ方がいいんじゃないのでせうか。

「ふつうは 10マイルオーバーくらいなら多めに見るのに、あいつらはたったの 2マイルでも切符を切るんだよ」

たしかにそれはふざけてると思うけれど、警察が「ふつうは10マイルくらいは大丈夫」とか言うなよ。おまえ、本当に警官かよ、単なるバイク乗りじゃないのか。

「ちょっと通りすがるだけで誰もお金を落としていかない州だからって、それで罰金を徴収するなんてクソ野郎だぜ」

あーあ。言っちゃったよ。この人、よっぽどアイダホが嫌いなんだなあ。

田舎の州が隣の田舎の州をひどく忌み嫌うってのはありがちだけれど、それにしても典型的すぎて笑うなあ。

かなり大げさに言っている気もするが、言われてたのに捕まったんじゃ馬鹿馬鹿しい。アイダホに入ったら制限速度ぴったりで走るように気をつけていくことにしよう。

十二時四十五分、出発。

一時、US-12 への分岐点に到着。ここから山道に入っていく。

しかし、山の上の方はまったく見えない。黒すぎる雨雲が山を完全に覆ってしまっている。どうみてもひどい雷雨だ。

3000メートル級の山の間を抜けていく険しい山道で、この天気はさすがにヤバすぎる。困った。

一人でも躊躇するような天気なのに、二人乗りのヨネもいる。これは予定を変更するしかない。

悔しいが、今日の計画はすべてご破算とし、右手の山を越えないまま南下するルートを考えることにする。さんざん考えたルートが一瞬でパーになってしまうのは辛いが仕方ない。誰かが転んで谷底に落ちたら、何の意味もない。

地図を見てルートを考える。US-93 をこのまま南下し続け、右手の雷雨を越えたところで山越えするしかない。

仕方ない。そうしよう。山を覆うように鎮座した真っ黒な雨雲を右手に、南に向かう。

二時半、Idaho に突入。

US-93: Welcome to IDAHO

いきなり速度を落とし、のろのろ運転を心がける。あまりに気持ちいい林道なので、気がつくとすぐに 5マイルくらいオーバーしてしまっているが、すぐに減速するように気をつける。

三時半、Salmon に到着。ガスの補給。

のんびり走っているとはいえ、やはり山道は疲れる。少し休憩しよう。水を飲みトイレに行き、のんびりする。

四時、出発。

前方には、雨と晴れの境界がはっきりと見えている。これから向かう道は晴れている方向なので問題ない。

US-93: 雨の境界

五時、Challis に到着。ほどなく US-93 から ID-75 に乗り換えなので、念のために地図を確認。イメージがつかめたら出発。

六時、Sunbeam を通過。まわりはキャンプ場だらけ。

それにしても、目に付くキャンプ場はすべて、所狭しとテントが張ってある。百はかるく越えるほどの大量のテント。こんなところに何でこんなにキャンパーがいるんだ?

実は、その一帯では山火事があったばかりで、消防団員が消火作業のために山に来ていたのだった。

森林公園のど真ん中を突っ切る林道沿いにはモーテルなどまったくなく、あるのは大量のキャンプ場だけ。泊まる方法はキャンプしかないというわけだ。仕事でキャンプできるなんていいなあ。

六時半、Stanley に到着。休憩。ここから ID-21 に乗り換えて、西進するルートを行く。これ以上南下してもネバダに出てしまうだけだ。ネバダは制覇したし、もういい。

六時四十五分、出発。ID-21 は、さらに険しいワインディングとなっていく。素晴らしい。

それにしても、この森林公園がこれほど気持ちいいところだとは思っても見なかった。こんなにキャンプ場がたくさんあるなら、今日はキャンプの予定で来ても良かったかも知れないなあ。

さらに、険しい山道を降りていく。

八時前、Lowman に到着。ガスの補給。だいぶ薄暗くなってきた。

ここで、ひーちゃんが提案をする。もう遅いし、今日はキャンプにしたらどうか、と。

いいねえ。それも手だね。環境は素晴らしいし、きっと最高のキャンプになるに違いない。いつか、ここに子供たちとキャンプに来たいと思っているくらい気に入っている。

しかし、食べるものがない。

ヨネとひーちゃんは、ちゃんと非常食を蓄えてあり、いつでもキャンプできる体勢になっているが、おれとチーフは、非常食はぜんぶ食べきってしまって、残っているのはつまみくらいしかない。非常食はいつも確保しておかなければいけないのに、南西部の荒野を抜けて安心してしまったおれとチーフは、食料はどこでも簡単に手に入ると高をくくっていたのだった。

申し訳ないのだけれど、食べ物もないしビールもないし、モーテルを探すことにしない? しぶしぶ受け入れてもらう。ごめん。

US-20 に向かうためにも、とりあえず、まっすぐ西に向かい、ID-55 にでることにする。

八時半、Banks に到着。ID-55 を南下しながらモーテルを探す。しかし、どれだけ走ってもモーテルは見当たらない。

途中、ID-52 で西進するルートを行きたいと思っていたが、小さな町ばかりでいつまでたってもモーテルは見つからないと苛立つヨネが、Boise に行こうと強く主張する。

明日から走る予定の US-20 とは反対の方向になるし、ないと言ってもいつかはモーテルが見つかると思っているおれは、本当はこれ以上南下するのはすごく嫌だ。しかし、すでにノルマの 400マイル以上を走っていることと、女房を早く休ませて上げたいと思っているはずのヨネの立場を尊重するのが人の道だと考えた。

ID-55 をそのまま南下し、Boise に向かう。遠くからでもそこが町だということが分かる。けっこう大きな町だ。

九時半、Boise 到着。

町の北側にモーテルがあればよかったのだが、どれだけ走ってもモーテルがない。ありそうな道なのに、まったく見当たらない。どんどん南下し、町の中心部に向かう。

結局、どこまで走ってもモーテルは見当たらない。

バイクを止め、チーフが見つけたモーテルクーポンで Boise にあるモーテルの位置を確認する。すると、モーテルは全て I-84 沿いにあることが分かった。Motel-8 のディレクトリを見ても、やはり I-84 沿いだ。インターステート沿いにモーテルがあるのは定跡だが、町の中心部を通ってかなり南下しなくてはいけないので、それまでに見つかってくればいいと期待していたのだが、残念ながら、ないらしい。仕方ないので I-84 に向かう。

十時前、I-84 に到着。

しかし、見える範囲にモーテルがない。地図を確認すると Exit-53 の近辺に集中している。となりの Exit だ。

町の中心を走る US-20 沿いにはひとつもなく、わざわざ隣の Exit にあるというのは、どういう理由なのだろうか。地図をみてみたら、Exit-53 は空港への道がある Exit だった。つまり、この町のモーテルは、空港の近くに集中しているということか。

それにしても時間が時間だ、のんびりはしてられない。モーテルクーポンを開き、さっそく電話してみることにした。

「四人で二部屋ありますか?」

「満室です。」

げげ。もしかして、やばい?すかさず次のモーテルに電話する。

「四人で二部屋ありますか?」

「満室です。」

うーわ。ピンチなんじゃないのか、これ。十時だよ、もう。っていうか、なんで平日に田舎のモーテルが満室なんだよ。

願いを込めて、次のモーテルに電話してみる。

「四人で二部屋ありますか?」

「ええ、ありますよ」

やったっ!あったっ!

「クーポンを持ってるんですけど使えますよね?」

「いえ、今日は使えません」

「えー。クーポンがあるから電話してるのに、クーポンの意味がないじゃん…」

「クーポンには条件がありまして、今日は満室に近いので使えないのです」

満室じゃなくてもそういえばいいだけちゃうんか、くそ。

まあ、そうは言っても選択肢はない。おなかもすいてるし、体もかなり疲れてる。さっさと予約してしまうことにする。

さて、部屋は確保できた。待望の晩飯タイムだ。とは言っても、もう、おなかが空きすぎて、晩飯なんて実はどうでもいい。座って食べられるものなら、なんだっていいさ。

とにかくモーテルの方に向かうとしよう。モーテルの近くなら食うところもあるだろう。となりの Exit まで走ることにする。

I-84 に飛び乗り、北上。1マイル (1.6km) 先の Exi-53 に向かう。

さくっと Exit を出て、モーテル方面に向かう。途中、モーテルが左手に見えたところで左折。モーテルに向かう。

と思いきや、あろうことかその道はモーテルには繋がっていなかった。その道は無常にも I-84 に戻ってしまったのだった。

なんだそれは… もう、いい加減、許してくれてもいいんじゃないのか。

仕方ないのでそのまま Exit-54 まで戻り、I-84 に乗りなおして、さっき走った道を走る。そして Exit-53 を降りる。意味もなく一周半。悔しすぎる。先頭を走るおれを無邪気に信じてついてきた二人の視線が痛い。でも、ちゃんと書いてない道の方が悪いと思う。アメリカ人は決して反省しない。

今度はさっきの道では左折せず、次の道まで出る。ここまでくれば I-84 に乗せられる心配はない。ふう。

十時半、やっとモーテルの通りに到着。

さーて、部屋は確保されてるので、チェックインは後でいい。とにかく晩飯だ。早く食べないと死んでしまう。目の前にあったデニーズに飛び込む。食べられるものなら何でもいい。

とはいえ、最初から分かっているとおり、デニーズには食べたいものがひとつもない。朝飯ならいいのだけれど、晩飯はない。

食わないというわけにもいかないので、妥協に妥協を重ねて Fried Chicken Steak とビールを頼む。勝負して死ぬよりおれを信じて騙された方がマシだとばかりに、おれもそれにしようとチーフがいう。

不味すぎるデニーズの晩飯を、まるでウマイものを食べているかのように、がつがつ食べる四人。旅で経験値を上げ続けている今のおれたちにかかれば、どんなマズイもんでもとたんに美味しくなる。

いやー、それにしても今日は疲れた。昨日の倍の時間と距離を走ったのだから、当たり前といえば当たり前。一人で走れば問題ないけれど、さすがにグループで 500マイル (800km) を走るのはキツイ。ほぼ限界だろう。

さーて、おなかも満足したし、モーテルにいきますか。

財布をみると現金がない。カードで払ってみんなから金を巻き上げることにする。

ウェイターを席に呼び、伝票とクレジットカードを店員に渡してチェックしてくれというと、彼は爆弾でも受け取ったかのように不安な顔になり、急いでレジに戻っていった。ん?

店長におれのカードを渡して事情を説明する店員。ふたりでこちらを見て、困惑の表情を浮かべる。え?おれ、なにか悪いことした?

最近はやっているクレジットカード詐欺のアジア人四人組ってあいつらじゃないですかね?そんな会話が聞こえてくるようだ。

すると意を決したように、店長がこちらに向かって歩いてきた。

「このカードで支払われるのですね?」

「は?そうですけど」

どうやら、席に座ったままカードで払うという方式は採用されていないらしい。日本のようにレジに出向いて支払いを済ませるというレストランもときどきはあるし、それほどびっくりはしない。とりあえず、都会から来た客として、対応してくれるようだ。

「えー、ところで、そのなんといいますか、チップはどうされるつもりでしょうか?」

「は?チップもカードで払いますけど」

「あ、そうですか、そうですか。いや、あー、よかった」

なるほど。

あの店員は、チップがもらえないかも知れないと思って顔面蒼白になってしまったわけか。ガイコクから着たアジア人の客がチップを払わずに帰ってしまうというのは、一番恐れられているシナリオなのだろう。席に座ったままカードなんか出しやがって、こいつらには常識が通用しねー!って思ったんだろうな。

こちらがちゃんと払う意思があると分かって安心したのか、疑って悪かったとばかりに世間話を展開する店長。

聞くと、なんと五年生まで日本に住んでいたという。こんな田舎にもそんな人がいるんだなあ。

日本語が分かるのかと思いきや、スコーシという。アイダホでは日本語を使うチャンスはまずないので、ほとんど忘れてしまったらしい。もったいないと思って大学のときに少し日本語を勉強したので、ものすごくゆっくり喋ってくれればけっこう分かるようになったらしいが、おれたちの会話は早すぎて何も理解できないと言っていた。

五年生といえば高学年で、精神的にもだいぶ発達している年齢だ。その時まで日本語だけで生活していたというのに、三十年ほど使わなかったら綺麗に忘れてしまうなんて、不思議だなあ。

支払いも無事にすませ、デニーズを後にする。目の前のモーテルに向かう。

十一時半、チェックイン。はあー、長かった修行が終わった。

モーテルには、幸運にも洗濯機と乾燥機があったので溜まった下着を洗うことにする。きょう洗濯しないと明日の靴下とパンツがない。

洗濯が終わり乾燥機にかけている間にシャワーを浴びることにする。さっぱりして風呂から出ると、すでにチーフは夜用アドビルでぐっすり眠っていた。睡眠薬っていいなあ。

はくパンツがないので乾燥機に下着を取りに行く。部屋に持って帰ってきて、暖かいパンツをはく。ほかの下着をたたむ。

綺麗にたたまれた自分の下着と、そのままほったらかしにされているチーフの下着をみて、それもどうよと思いなおし、チーフの下着もたたんであげることにした。しかし、なんともいえない感覚。

もしチーフに見られたらどうしよう。どきどきする。自分以外の男のパンツをたたんだのは、これが初めてだった。

  • 総合走行距離: 4795.69 マイル (7717.91 km)
  • 今日の走行距離: 515.47 マイル (829.57 km)
  • 最高速度: 86.6 マイル/時 (139.4 km/h)
  • 移動時間: 10時間0分
  • 移動平均速度: 51.5 マイル/時 (82.9 km/h)
  • 最低最高高度: 2585〜7057 フィート (788〜2151 m)
  • $3.259 x 3.097G = $10.09 — 11:47:07 HOLIDAY STATIONSTORES — 2325 S Reserve St, Missoula, MT 59801 
  • $3.329 x 3.117G = $10.38 — 15:20:33 BUDDY'S — 609 Hwy 93, Salmon, ID
  • $3.199 x 2.451G = $ 7.84 — 19:48:33 JERRY'S COUNTRY STORE — Lowman, ID



(Sturgis 2006 その14 へ続く)