2010年2月6日土曜日

えいごで Twitter しよう

http://twitter.com/n を みれば あきらかな ように、にしゅうかん ほど まえから Twitter は えいご でしか かいていない。

いぜんは、まれにだけれど にほんごで かくことも あったし、にほんご tweet への リプライは、ぜんぶ にほんごで かいていたので、とくに かきたい ことも なく reply ばかり している ときは タイムラインは ほとんど にほんごで うめつくされていた。

しかし、にしゅうかん ほど まえから、にほんご tweet への リプライも ふくめて、ぼくの tweets の いっさいを えいごで かくように することに した。

なんで そんな ことに したかと いうと、それは つまり、プライベートな リプライ でさえも、より おおくの ひとが よめるように しておこうと おもった からだ。

たとえば @N を あらたに follow してみようかと おもったときに さいしょに することは http://twitter.com/n を みることで、そこに "@N いろはにほへど ちりぬるを" なんて あんごうぶんが やまほど あったら follow するのは むりだと おもう。ぼくの ゆうじん なんにんかにも "Twitter で follow しようと おもったけれど、よめないから やめた" って いわれたことが ある。じっさいには かんぜんな 杞憂 なのだが、いみは よく わかる。ぼくも その ひとの タイムラインが スペインご とかで うめつくされていたら、それが たとえ ぜんぶ リプライで あっても、まず follow しないと おもう。

ぼくは、いちぶの ひとが おろかにも やっている ような "コメント RT @N: ほげほげ" けいしきの スパムな リプライは いっさい かかないので、ぼくの リプライは その たいしょうしゃ と その followers に しか いかないし、そこに にほんごを かいた ところで それが よめずに こまる ひとも ほとんど いないはずだ。だから、ぼくを follow している ほとんどの ひとに とっては、ここ さいきん どころか もう ずっと いぜんから ぼくは ほとんど えいご でしか かいていない。

また、ぼくの tweets の そうてい followers は、(ゆうじんを のぞいて) にほんに すむ にほんじんは まったく ふくまれていないし、かれらに やくに たつことは ほとんど かいていないので、そもそも にほんごで かく メリットが ほとんど ない。

ベイエリアの にほんじんの ゆうじんとの うちわ tweets に にほんごを つかうのは しぜん だけれど、えいごでも とくに もんだい ない。ぎゃくに にほんご だと、ながく なりすぎて かるい ゴミが そだいゴミに なる けいこうに あるので、えいごで さくさく すてていくのが いい。

いぜんも かいた けれど、にほんごは とにかく たくさん かけすぎる。まるで Twitter が 250もじ かけたら どれほど うっとうしく つまらない ものに なっていたか、というのを みている ようだ。どの にほんご tweet を みても ほんとうに むだに ながく、まったく いみが ない どころか あんたんたる きもちに なるような かなしい ないようが おおい。しかも そんな tweet を なんこも れんぞくで かくので、スパムとしか おもえない。

そういうわけで、にほんご でしか tweet を かかない ことが わかっている ひとの おおくは、このさい かなり たくさん unfollow して タイムラインを せいり した。みじかい tweets しか ない タイムラインは Twitter らしくて いい。

どうしても にほんごで うちわネタを かきたく なったら、こんごは Facebook の Status にでも かこうと おもう。そもそも そんな ゴミは、じっさいの ともだち だけ しか みれなくて いいし。

ざいべいじまん、もしくは かんぜんなる うちわ ネタの ために かいてる ひとたちは ともかく、そうでない ひとたちは できるだけ えいごで かいた ほうが いいと おもう。あなたの 同僚の ロシアじんが ロシアご でしか twitter を かいてなかったら、ほんとうに つまらないと おもうでしょ?

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